yukimuraのメモ帳 ver.2

生きる LIVING

『生きる LIVING』(2022)
評価 : ★★★★


先日、映画館で『グリッドマン ユニバース』を観ましたが、どうにもベタベタした後味だったので、何かもう一本大人の映画ファンが楽しめる作品で口直ししたいと思い、何かないかなと探してました。
公開中のラインナップをチェックしてみたら、殆んどが私の趣味に合わなそうなミーハー映画でしたが、黒澤明監督の名作『生きる』のリメイクである本作がやってたので、ちょうど良かったです。
脚本はカズオ・イシグロが手掛けているようで、これも安心できる要素でしたね。
(彼の作品では特に『日の名残り』が素晴らしく、原作も映画版も絶品です!)
余程監督の腕が悪くない限りハズレってことはないだろうと思い、観ることにしました。

今世紀に入ってから、映画界はリメイクばかりになり、しかもオリジナルが作られてから四半世紀も経たないうちにリメイクするというケースも多く、私なんかは呆れるばかりでした。
特にオリジナルが素晴らしい作品の場合は、下手にリメイクするよりも、オリジナルをリバイバルしたほうがよっぽど良いでしょう。
まあ本作に関しては、オリジナルはもう70年近く前の作品ですし、今回はイギリス映画としてのリメイクなので、その点は旧来のファンも新規のファンも新鮮な気持ちで楽しめるでしょう。

さて本作の内容ですが、細かな違いはあれど、大まかな流れはオリジナルと同じです。
市役所の課長である主人公は、無休で仕事をこなす真面目な人物だが、実際には機械的にこなすだけの無気力な日々を過ごしている。
しかし、ある日医師から癌を宣告されショックを受け、仕事をサボり貯金を下ろし散財する。
そんな中、同じ市役所に勤める若い女性と交流を持ち、彼女の生き方から自身を見つめ直す。
そして、死に際に悔いの無いよう、これまで先送りにしていた市役所の仕事に尽力するようになる。
…という映画ファンにとってはお馴染みの内容です。

オリジナル版は素晴らしい作品でしたが欠点もあって、後半の主人公の葬儀から同僚たちが主人公について語り合うシーンがやたら長いことです。
観客が既に解っている真相をいちいち回想しては「何故だ?」「解らん」と言う一連のシーンは、流石にくどかったです。
似たようなシーンを繰り返す『羅生門』も、『生きる』と同じような欠点を抱えています。
そのため、私の黒澤明監督作品の評価としては、『羅生門』『生きる』も素晴らしい名作だと思うものの欠点も大きいことから、『七人の侍』『用心棒』『天国と地獄』『赤ひげ』などの傑作群には及ばないという感じですね。
その点リメイクの本作は、葬儀以降のシーンがそこまで長くなく、オリジナルの問題点は緩和されているので、初見の方も見易いと思います。

それに加えて、陰影を強調した端正な画面、50年代のイギリスを再現した舞台、イギリス映画特有の上品なムードも素晴らしいです。
俳優陣では、癌を宣告された男という難しい役を演じたビル・ナイが特に良かったです。
全体的にイギリス映画の良さが出て、洗練された作品に仕上がっています。
原作ファンも新規のファンも十分楽しめる感動作でしょう。

ただし、黒澤明の持つくどさは無く見易いけれど、その代わり御大のような強い作家性や凄みも感じにくいのが、個人的に気になった点でした。
オリジナルにあった胸を打つシーン、例えば主人公が改心して立ち上がり、近くで誕生会をしている学生たちに「ハッピー・バースデー!」と声を掛けられる場面があります(実際には主人公の先にいる学生に声を掛けている)。
ここがまるで主人公の新生を祝うような感じを受け、個人的にも大好きなシーンなのですが、リメイクの本作にはそれに並ぶような名シーンが無いのが残念でした。
あとは好みの問題ですが、やはり素直にふれた場合、日本人の琴線を打つのは日本の作品ということで、オリジナルの叙情性に軍配が上がりますね。

まあオリジナルは古い作品ですし、今の若い人であんまり古い映画は観ないよという人もいるでしょう。
そういう人にもオススメできますし、もし気になったならオリジナルも観てもらいたいなと思います。
そこから更に、昔の日本映画にも興味を持ってもらえると嬉しいですね。
何せ50年代の日本映画は凄いですから。
(60年代も凄いですけどね)
黒澤明はもちろん、小津安二郎溝口健二木下惠介成瀬巳喜男今井正川島雄三豊田四郎…。
こうして名前を挙げるだけでもゾクゾクするような、錚々たる顔ぶれですね。