yukimuraのメモ帳 ver.2

高野交差点

『高野交差点』(2021)
評価 : ★★★★★


アニメ作家の中田秀人が原案・脚本を手掛け、彼が授業を担当した専門学校の卒業生である伊藤瑞希が監督を務め、個人で制作した自主制作アニメ。
新海誠などのクリエイターを世に送り出したDoGAの「CGアニメコンテスト」にて、初めて審査員全員が満点を付けグランプリを獲得、その後も様々な芸術祭にて絶賛されている作品です。

メジャーなアニメ界においては、こうした作品賞の受賞は全く当てにならないので、それをもって作品の価値が凄いものだと決めつけるのは間違いです。
しかし、本作に関しては素晴らしく、各方面の評価の高さを証明するような出来だと思います。
少なくとも、最近は筆無精な私が、この作品の感想は書かねばと思うくらいでした。
アニメファンとしては、本作のような自主制作アニメ界隈の作品も、今後もっとチェックしていきたいですね。

本作は6分半の短編アニメで、YouTubeでも公開中です。
全く時間を取らないので、未見の方は私の感想を読むよりも、まず始めにこちらの本編の動画を観てもらいたいです。


内容としては実にシンプルです。
主な舞台はとある交差点で、主な登場人物は青年、女子生徒、男の子、この三人のみです。
普段決して関わることのない三人が、ふとした瞬間に交錯し、それぞれが少し前向きに変わっていく…。
たったそれだけの内容で、見る人によっては何て言うことのない作品という感想で終わってしまうかも知れません。
しかし、私は本作を評価した審査員一同と同じく、実に素晴らしい作品であると感じました。

本作の主要人物のセリフはごく僅かで、青年と男の子がそれぞれ一言喋るだけで、女子生徒の息遣い、あとは周囲の雑音くらいです。
この殆んどみんな喋らない状態が、一種の映像詩という雰囲気を醸成しています。

本作には、他のアニメにありがちな説明的なセリフも、押し付けがましい説教もありません。
登場人物の背景も一切語られないので、受け手は映像から想像を巡らせるしかありません。
しかし、巧みな映像言語により、セリフが無くても一挙一動に人物の心情が沈潜していて、内容を雄弁に物語っています。

それだけに青年が発するたった一言のセリフが印象的でした。
むしろ、この一言にこの作品のテーマが集約されているようにも感じました。
物語には、特別な人間や英雄を描いたものもありますが、本作はその対極にある平凡な人々を描き、普遍の中に普遍を描いた作品です。
平凡に見える一人ひとりにもそれぞれ人生があるのだと、しみじみと感じられます。

他のアニメでは、特にTVアニメなどは長々と時間を費やしたわりに、結局のところ何を伝えたかったのかが曖昧なままに終わってしまう作品も多いです。
しかし、本作を観れば、殆んどのアニメが登場人物にベラベラ喋らせているだけで、実際のところ舌足らずであり、少しも雄弁ではないことが解ります。
本作がたった数分間に込めた芸術性とメッセージ、残念ながら殆んどの商業アニメは、本作の純度の高さには遠く及んでいません。

映像も地味ながら滋味に溢れています。
デジタル2Dアニメーションとして制作された作品ですが、意図的にザラザラした加工を施しており、手描きアニメのような温かみのある感触が凄く良いですね。
人物の現実感や生々しさ、背景の描き込み、色使いも素晴らしいです。
普遍的な本作の魅力を、映像が存分に表現しています。

商業作品のように大人数で作られる大作もあれば、個人制作で気の遠くなるような手作業で作られる作品もあるのだと、しみじみと感じてしまいます。
もちろん制作者の苦労は凄いものだと思いますが、作品の評価は出来上がったものが全てであり、画面の外の事情は関係ありません。
私のように作品を批評する立場の人間にとっては、作り手と受け手の真剣勝負であり、出来の悪い作品は容赦なく斬らなければいけません。
その代わり、出来の良い作品はきちんと褒めなければいけないし、こういう素晴らしい作品、特に新人の作る作品をきちんと評価し応援できない批評家は狭量であると思います。

評価は★5。
ちなみに私の評価についてですが、★4は結構出しますし、★5もそれなりに出します。
例えば、昨年のアニメでは『すずめの戸締まり』『THE FIRST SLAM DUNK』『ぼっち・ざ・ろっく!』に★5を付けています。
自分用には、更に上の★6と★7の評価があります。
★6は近年では『この世界の片隅に』など、数年に一本あるかの特別に優れた作品に付けるくらい。
★7は『となりのトトロ』など、最高純度の極少数の限られた作品のみです。
そのため、大体は★1~5の五段階評価の中で推移するので、★5が事実上の最高点という感じです。

本作を★5にしたのは、素晴らしい叙情性、映像言語の巧みさ、作品としての純度の高さ、それらを兼ね備えた希少性にあります。
アニメでこういう映像詩、叙情的な作品に出会える機会は本当に少ないですから。
他のアニメを何時間観ても得られないものが、本作の数分間にはあります。
まあ理屈をこねれば上記のような理由ですが、私の感覚を言語化するならば、「素晴らしい作品を観ている時の豊潤な感覚」、それが本作にあったことが最高評価の決め手です。