yukimuraのメモ帳 ver.2

君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか』(2023)
評価 : ★★★


宮崎駿監督のアニメ映画。
前作『風立ちぬ』から実に10年ぶりの新作で、私のように首を長くして待っていたファンも多いことでしょう。
果たしてその出来やいかに。

まず最初に、本作は公開されて間もない新作です。
これから観る予定がある人で、作品の内容について知りたくない人は、以下の文章は読まず、今すぐこのページを閉じてください。

まず本作は事前情報がほぼ皆無で、ジャンルは冒険ファンタジーであること以外は、内容が全く解らない状態でした。
そんな何も解らない状態で映画を観たので、まさにビックリ箱を開けるようなワクワク感がありましたね。
ジブリの新作の初見を、無の状態で楽しめる。
本当に貴重な体験であり、得難い体験でしたね。

さて、肝心の観終わった時の率直な感想を言いましょう。
ずばり、「何だかよく解らない」です。
多分、観た殆どの人がそう感じるんじゃないでしょうか?
実際、私が映画が終わって退場する時、周りの人達も何だか微妙な空気で、頭の上にクエスチョンマークが一杯浮かんでいるような感じでした。

その「よく解らない」という感覚も、実はちょっと特殊なんですよね。
結果だけを観れば、主人公の少年が異世界を旅して成長するという、古今東西に数多ある冒険譚と同じく、ごく単純なものです。
しかし、その過程・見せ方がとにかく難解で、一回の鑑賞ではとてもじゃないけど理解できません。

いや、「難解」というと、コアなファンにとっては「考察のしがいがある」とか、良い見方をする人もいるでしょう。
しかし、私が本作に感じた明確な問題点というのが、この「難解」さであり、言い方を変えれば、ずばり「見通しが悪い」ことです。
私は宮崎駿の大ファンであるからこそ、本作の見通しの悪い物語には相当ガッカリさせられました。

私が考える宮崎駿の個性とは、他の作家が作ると形而上的になりがちな物語を、形而下に落とし込んで、具体的に解り易く構成する能力、それが極めて高いことです。
表面的には平明で誰にでも解り易い、しかし、その最奥には深遠なテーマ性を秘めている。
一見子供向けに見える彼の多くのアニメは、実際のところ、殆どの実写映画以上に大人向けなのです。
こうした構成力は、簡単な話を複雑に見せようとする凡百の作家には出来ない、宮崎駿の強い個性だと思います。

そのため、他の人の感想での「宮崎駿がこれまでにない強い個性・作家性を出してきた」という意見には同意しかねます。
ただ物語を複雑に見せるだけなら、凡百の作家にも出来ます。
むしろ、宮崎駿が持つ強い個性を捨てて、凡百の作家に近付いてしまったことに、私は酷く落胆しました。

ハウルの動く城』を観た時、宮崎駿らしからぬ観念的で解り難い内容に落胆しましたが、さらに難解な本作はそれ以上に落胆しましたね。
ハウル』はそれでもまだ、魅力的なキャラがいて、いろいろ繰り出してきて、何だかんだで最後まで楽しく観られました。
しかし、本作はそうした楽しさよりも難解さのほうが前面に出過ぎて、見通しの悪さ、居心地の悪さを感じる時間が多かったです。
まさか宮崎駿の作品を観て退屈を感じるとは、ファンである私もビックリでしたね。

本作については、ネット上で様々な考察がされていて、みんなよく分析してるなと感心させられることもあります。
しかし、作品というのは、その中で描かれたものが全てであり、作品内で完結していなければいけません。
一つの作品を楽しむために、原作を読み込んだり、その他の文献を読み込んだりしなければならない、というのは作品としては失格でしょう。
まあ本作は宮崎駿の作品なので、彼の歴代の作品を観ていれば、セルフオマージュ的な場面が楽しめますし、これまでの活動の総括的な楽しみ方もありますけどね。

また、物語を複雑に見せれば、人によっては凄いと絶賛するでしょう。
しかし、あいにく私は「何だかよく解らないけど凄い」という考えは持ち合わせていないですし、作品は具体的であって欲しいのです。
本作について、ネットでいろいろ考察する人はいますが、実際のところは宮崎駿本人に聞いてみないと解らないところが多いです。
ただ、本作についてのコメントで、宮崎駿本人も「私もよく解らない」と言っているので、我々には最早お手上げでしょうね。

まあ他の人の考察を読んで、なるほどと思う部分もありました。
異世界を作った大叔父様が、宮崎駿本人だというメタ的な考えですね。
主人公の生い立ちも、現実の宮崎駿本人の生い立ちをなぞっていますし、そう考えると、主人公と大叔父様は、精神的に二つに分かれた元は一つの人間なんだろうか?など、いろいろ興味深い部分も確かにありますね。

しかし、そうしたメタ的な考えをすると、これが宮崎駿の最終作ですよと突き付けられているようで、個人的には何だか悲しくなりましたね。
正直これが最終作だと言われても、私は全然納得できません。
宮崎駿が本気を出せば、もっと凄い作品が作れるでしょうから。
風立ちぬ』で引退宣言をした時は非常にもったいない気持ちになりましたが、これなら『風立ちぬ』が最終作だったほうが断然格好良かったでしょう。

確かに本作のイマジネーションには、さすが宮崎駿だと思わせる場面もあります。
特に、冒頭の主人公が戦火の中を駆けるシーンを観た時など、ファンの私は随喜の涙を流したくなるほどでした。
自分は今、本当に宮崎駿の新作を観ているんだ!と感動しちゃいましたね。

しかし、その後のファンタジー世界に行ってからは、思ったほど感動がなく残念でしたね。
特に『風立ちぬ』の現実とファンタジーを混交させた超絶技巧に唸らされた身としては、このくらいでは感心できません。
同じ異世界の旅でも、ファンタジーであっても現実的な実感の伴った『千と千尋の神隠し』に遠く及びません。
平明な面白さでも『崖の上のポニョ』が優りますね。

私の本作の評価は★3。
私の宮崎駿監督のアニメ映画の評価は、殆どが★5かそれ以上という、全体的に圧倒的なアベレージの高さです。
観念的で解り難い『ハウル』に★4を付けたくらいで、★3という評価は今まで付けたことがありません。
それだけに最終作と思われる本作で、こんな中途半端な評価を付けることになるとは、ファンとして悔しい思いです。
老境にあり、内省的で自己満足的なものを作りたい心境になったんでしょうか。
もう長編を作るのは無理かも知れないですが、短編でもいいから、もう一度平明で面白い作品を作って欲しいです。