yukimuraのメモ帳 ver.2

TATSUMI マンガに革命を起こした男

『TATSUMI マンガに革命を起こした男』(2011)
評価 : ★★★★


漫画家・辰巳ヨシヒロを題材にしたアニメ映画。
日本の漫画家が題材ですが、日本映画ではなく、エリック・クー監督によるシンガポール映画になります。

辰巳ヨシヒロは、終戦から高度経済成長期に活躍した漫画家で、それまで子供向けとされていた漫画の世界に、大人向けの「劇画」というジャンルを生み出した先駆者です。
本作は、そんな彼の自叙伝的漫画『劇画漂流』をメインとし、その合間に彼の短編漫画『地獄』『いとしのモンキー』『男一発』『はいってます』『グッドバイ』の5作品を挿入するオムニバス形式で進行します。

メインとなる自叙伝の部分は、辰巳ヨシヒロが漫画家を目指す少年時代から始まり、雑誌に自作の漫画を投稿する日々、憧れの手塚治虫との交流、漫画家デビュー、さいとう・たかを達との下宿生活、「劇画」ジャンルの考案など、時代の流れに沿ったドキュメンタリーとして描かれます。

漫画家としての活動を始めてからは、自身のシリアスで大人向けの作風を、従来の「漫画」と区別するため「劇画」というジャンルを提唱します。
ここで注意すべきは、「劇画」というのは大人向けの漫画を示すジャンル名であり、リアルな画風の漫画を指すものではありません。
結局、現在までに「劇画」という呼び名は定着せず、さいとう・たかをが劇画家として最も長く第一線で活躍し、他の劇画家が引退していったことから、彼のような画風が「劇画」であると、世間では勘違いが広まったようです。
こうした勘違いを見直してもらうため、辰巳ヨシヒロは自叙伝的な漫画を描いたようですね。

私も恥ずかしながら、本作を観て辰巳ヨシヒロの存在を知りましたが、本作を観る限り、日本の漫画文化における重要人物ですね。
海外では日本のオルタナティブ・コミックの第一人者として評価されているようですが、肝心の日本での知名度は低いようです。
海外での評価が高いとのことで、シンガポールの監督による映画化が実現されましたが、本来ならこういう作品こそ日本が映画化するべきでしょうね。
何にせよ、彼の存在とその作風が知れること、それだけでも本作には大いに意義があります。

映像は辰巳ヨシヒロの漫画を忠実に再現し、それを上手くアニメ化しています。
漫画の画像を使用したアニメ映画と言えば『忍者武芸帳』を思い出しますが、あの作品はただ漫画をスクリーンに映しただけで、映画としてはつまらないものでした。
しかし、本作は漫画の画風と質感を保ったままアニメとして動かしており、まさに「動く漫画」と言った感じで、映像的にも見応えあります。
こういう作品は有りそうでなかなか無かったので、その点でも意義がありますね。

自叙伝の合間に挿入される5つの短編漫画は、いずれも終戦以降の時代性を反映した作品です。
リアリズムを基調とし、労働者階級に焦点を当てた陰鬱なタッチの作品が多いですね。
結末はどれも苦くやりきれないもので、残されるのは諸行無常の厳然たる現実のみ…。
なるほど、これは大人の為の漫画だなと、じっくりと味わいましたね。

手塚治虫の描く「ストーリー漫画」に刺激され、辰巳ヨシヒロが作り出した「劇画」。
その出来には手塚治虫も嫉妬したと言われており、相互に刺激し合う部分もあったのでしょう。
日本の漫画界における重要人物、そして「劇画」というジャンルについて知る機会を与えてくれる、実に興味深い作品でした。