yukimuraのメモ帳 ver.2

ヒラヒラヒヒル

『ヒラヒラヒヒル』(2023)
評価 : ★★★★


ANIPLEX.EXEから発売のノベルゲーム。
企画・シナリオは瀬戸口廉也
途中に選択肢があり、いくつかのエンディングに分岐します。

昨年発売の『BLACK SHEEP TOWN』に続いて、またもや瀬戸口廉也氏の新作です。
2000年代にエロゲ業界で人気を博し、それから一度業界を離れ小説家に転向しましたが、近年になってまたゲーム業界で精力的に活動していますね。

そんな瀬戸口氏の新作ですが、価格が安くて長編だった『BLACK SHEEP TOWN』に比べると、同じくらいの値段で中編の長さなので、前作よりボリュームは減っています。
まあ前作が値段以上に長かっただけで、本作も十分ボリュームはありますし、忙しい社会人にとっては、必要十分な長さでコンパクトに纏めてくれたほうが助かる気がしますね。
その点では本作に不満はなかったです。

その代わり、前作はボイス無しでしたが、本作はボイスが有ります。
個人的には、好きな声優・上田麗奈の演技を堪能できたので良かったです。

瀬戸口氏はその確かな文章力からコアなファンもいますが、氏のこれまでの代表作を振り返ると、小説としては良くてもノベルゲームとしては難のある作品が多かったです。
良くも悪くもシナリオ一点で他が弱かったり、グラフィックなど他の要素との連動性が低かったり、総合的に判断する上では不満がありました。

しかし、前作『BLACK SHEEP TOWN』では、そうした不満が解消され、読み応えがありつつノベルゲームとしてもきちんと楽しめる作品になっていました。
本作はそうした良さが引き継がれ、グラフィックの邪魔にならないようにテキストが表示されるなど、ノベルゲームとしての読み易さ・デザインへの配慮が感じられます。
時に文章が大量に表示され読み難いという不満も少々ありますが、全体的にはきちんと考えて作られていて好感が持てます。

前作同様、長岡健蔵氏やBA-KUスタッフが関わっているので、彼らスタッフによる力も大きいのではないかと思います。
かように、直近の瀬戸口作品はノベルゲームとしても楽しめるようになっているので、過去の瀬戸口作品のデザインに不満があった人でも、近作は気に入る可能性がありますね。

そして、本作はグラフィックも魅力的でした。
一般小説の装画も手掛けるイラストレーター・禅之助氏の絵は美しく、大正時代の雰囲気を上手く表現した味わいのあるグラフィックで、個人的にもかなり気に入りました。
一般小説に近い瀬戸口氏のシナリオには、いかにも美少女ゲーム然とした可愛い絵柄よりも、本作のような絵のほうがしっくりきます。

ストーリーは、不治の病である「風爛症」、その感染者である「ひひる」、彼らと関わる医者の男と男子学生、二人の視点が切り替わりながら進行します。
瀬戸口氏の過去作と比べると、大きな波乱やショッキングな展開はそこまでないので、氏のコアなファンには物足りないかも知れません。
しかし、そうした表面的な動きよりも、登場人物の心の動きは良く描けていたと思いますし、個人的にはむしろ気に入りましたね。

これまでの作品同様テキストは良いですし、大正時代という時代設定もあってか、どことなく本格的な文芸ムードも漂わせています。
「風爛症」という架空の病気を扱っていますが、内容としては極めて現実的な路線ですし、病気を題材にしたヒューマニズムを問う内容は好きでしたね。
瀬戸口氏の過去作の細かい内容の記憶が朧気なので、確かなことは言えませんが、作家としては着実に力を付けているようにも感じました。

個人的な不満を挙げるとすれば、二人の主人公の物語が決まった順番で交互に切り替わり進んでいくのですが、二つの物語の絡み自体は少なかったので、プレイヤーの好きなタイミングで切り替えたり、いっそのこと完全に分けてもらったほうが良かったですね。
一つの物語の先が気になるのに、視点が切り替わることで一度意識が寸断されるので、もっと直線的な構成で良かったと思います。

総じて、読み応えのあるノベルゲームとしては、2023年の代表作と言えるのではないでしょうか。
瀬戸口廉也氏とBA-KUスタッフの今後の作品にも期待してます。